介護福祉
「利益が出たから全額ボーナスで還元」が危険な理由。会社を潰さないための「内部留保」と「職員還元」の黄金比率
「今期は予想以上に利益が出そうだ。法人税で持っていかれるのはもったいないから、決算賞与でスタッフに還元して、利益をゼロにしよう」
決算月が近づくと、このようなご相談をいただくことがよくあります。
スタッフの頑張りに報いたい、そして税金としてキャッシュが出ていくのを防ぎたい。そのお気持ちは痛いほどよく分かります。
しかし、私たち税理士の立場から申し上げますと、節税対策として利益をすべて吐き出すことは、特に介護事業においては「非常に危険な賭け」と言わざるを得ません。
なぜ、「税金を払ってでも会社にお金を残すべき」なのか。その理由を財務の視点から解説します。
目次
「節税」のつもりが、資金ショートの原因に
まず、「税金を払いたくない」という動機で決算賞与を支給する場合のキャッシュフローを見てみましょう。
法人税の実効税率は、およそ30%〜35%程度です。
つまり、100万円の利益が出ている場合、何もしなければ約30万円の税金を払い、手元に70万円が残ります。
一方で、節税のために100万円全額を決算賞与で支給するとどうなるでしょうか。
利益はゼロになり、税金もゼロになります。しかし、会社から100万円の現金が出ていきます。(さらに会社負担分の社会保険料も上乗せで発生するため、実際には115万円ほどのキャッシュアウトになります)
介護事業は、入金が2ヶ月遅れです。
手元の現金を「節税」の名の下に使い切ってしまうと、翌月の給与支払いや経費支払いのための運転資金が枯渇してしまいます。
「税金は安くなったが、資金繰りが回らなくなった」という本末転倒な事態だけは避けなければなりません。
銀行は「内部留保」を見て格付けしている
もう一つ、利益をすべて吐き出すことの弊害は「銀行評価」です。
介護事業は、施設の修繕や建て替え、あるいは前回の記事でお話ししたような多店舗展開など、将来的に銀行融資が必要になる場面が必ず来ます。
その際、銀行が融資の可否を判断する最大のポイントの一つが「自己資本(純資産)」の厚みです。
自己資本とは、創業からの「税引き後利益(内部留保)」の積み重ねです。
毎期、利益をゼロ(トントン)に調整している会社は、創業から何年経っても自己資本が増えません。銀行から見れば「儲かっていない会社」「財務体質の弱い会社」と判断され、いざという時に融資が受けられない、あるいは金利が高くなるリスクがあります。
税金を払うことは、決して無駄金ではありません。「社会的信用を買っている」「将来の融資枠を買っている」と捉えるべきです。
職員を守るための「適正配分」の目安
もちろん、職員への還元を否定しているわけではありません。還元は必要ですが、バランスが重要です。
私たちが推奨している一つの目安は、「決算賞与は利益の30%まで」というルールです。
仮に利益が100あったとして、その30%を決算賞与にしたとします。
そうすると、残りの利益は70%となり、法人税はこの70%に対して課税されます(実効税率を約30%とした場合、全体から見ると約20%が税金となります)。
結果として、お金の配分は以下のようになります。
* 職員への還元(賞与):30%
* 税金の支払い:約20%
* 会社に残るお金(内部留保):約50%
いかがでしょうか。
利益の30%を賞与として還元しても、しっかりと税金を払った後、利益の半分(50%)を会社に残すことができます。
「借入金の返済」は、最後に残った50%から支払われる
なぜ、50%も残す必要があるのでしょうか。
「そんなに会社に貯め込んでどうするんだ」と思われるかもしれませんが、ここで忘れてはならないのが「銀行への返済」です。
多くの経営者様が誤解されていますが、借入金の元本返済は「経費」にはなりません。
返済は、すべての経費を払い、決算賞与を出し、最後に税金を払った後の「税引き後利益(この50%の部分)」から支払わなければならないのです。
もし、決算賞与を出しすぎて手元に現金が残らなかったらどうなるか。
「利益は出ているのに、返済資金が足りない」という事態に陥り、新たな借金を重ねる自転車操業になってしまいます。
会社を強くするためには、「返済額を差し引いても、なお手元に現金が残る状態」を作らなければなりません。そのためには、利益の50%程度の内部留保がどうしても必要なのです。
まとめ:会社が潰れては、還元もできない
「職員第一」を掲げる経営者様ほど、無理な還元をしがちです。
しかし、過度な節税で資金繰りが悪化し、会社が傾いてしまっては、職員の雇用そのものを守れなくなります。
会社を長く存続させ、職員に給料を払い続けるためには、適正な利益を出し、適正な税金を払い、返済を行った上でも現金を積み上げていくことが不可欠です。
「今期、借入返済を考慮すると、いくらまでなら賞与を出せるか?」
「銀行評価を上げるために、どれくらいの利益を残すべきか?」
そのような判断に迷われた際は、ぜひ当事務所にご相談ください。
決算直前のシミュレーションを通じて、会社と職員の両方を守る最適なバランスをご提案いたします。
