介護福祉

【訪問介護】訪問介護の現況と今後の展望、経営の基本と注意点

訪問介護業界は現在、事業所数の増加という成長の側面と、深刻な人材不足という課題の両面に直面しています。いわゆる2025年問題が現実味を帯びてきた中、訪問介護サービスは高齢者の在宅生活を支える上で欠かせない基盤である一方、事業環境は一段と厳しさを増しています。

本レポートでは、訪問介護の現状と今後の見通しを整理したうえで、経営において押さえておくべき基本事項や注意点について詳しく解説いたします。


訪問介護業界の現状

事業所数の推移と市場動向

訪問介護の事業所数は近年、着実な増加傾向にあります。厚生労働省の最新統計によれば、2025年4月審査分の時点で、全国に3万5,468件の事業所が存在しており、前年同期比で1.2%(418件)の増加となっています。これにより、5年連続での増加が確認されています。

この傾向は2020年代に入ってからも継続しており、利用者数および給付費も同様に伸びを見せています。その背景には、日本社会の急速な高齢化があり、特に都市部を中心とした介護ニーズの拡大が指摘されています。こうした状況を受け、当面の安定的な需要を見込んだ新規法人の参入も増加しており、業界全体としては拡大基調にあるといえます。

また、サービス付き高齢者向け住宅(いわゆるサ高住)など、集合住宅の入居者を主な対象とした効率的な訪問サービスモデルの普及も、事業所数の増加に一定の寄与をしていると考えられます。


人材不足の深刻化

訪問介護業界が現在直面している最大の課題は、慢性的な人材不足です。ホームヘルパーの有効求人倍率は15倍を超えており、求職者よりも求人の数が大きく上回る状態が続いています。高齢を理由に現場を離れる従事者も多く、新たな人材の確保が極めて困難な状況です。

実際、新規募集を行っても応募者が集まらず、サービスへの高いニーズがあっても人手が足りないために新たな依頼を受けられないというケースが数多く報告されています。こうした構造的な人手不足は、今後も業界全体に大きな影響を及ぼすものと考えられます。


経営環境の悪化

2024年度の介護報酬改定において、訪問介護サービスの基本報酬は引き下げられた一方で、特別養護老人ホームなどの施設系サービスについては報酬が引き上げられました。この改定により、もともと厳しい収支環境にあった訪問介護事業所の経営は、さらに困難を極めることとなっています。

また、国の方針としてサービス提供の効率化を図るために、1回あたりのサービス提供時間を短縮する方向で制度が設計されつつありますが、これがかえって現場の負担を増やしている実態も見受けられます。具体的には、訪問時間の短縮によって利用者と向き合う時間が十分に取れなくなったり、移動や待機の時間が増えたことで実労働時間に見合わない空き時間が発生し、結果としてヘルパーの収入が減少するなどの問題が生じています。


倒産・休廃業の増加

こうした人材不足や経営環境の悪化を背景に、休廃業や倒産に至る訪問介護事業所が増加傾向にあります。東京商工リサーチによると、2024年上半期(1月〜6月)に発生した介護事業者の倒産は81件と、上半期としては過去最多を記録しました。

このうち、訪問介護事業の倒産は40件で、前年同期比42.8%増となっており、業種別でも最多を占めています。次いで、デイサービスなどの通所・短期入所系サービスが25件(同38.8%増)、有料老人ホームが9件(同125%増)と続きます。

物価上昇の影響が続くなかで、介護報酬の引き下げや人件費の増加が重なり、今後も倒産件数は増加するとの見通しが立てられています。特に小規模事業所では、資金繰りや人員確保に苦慮し、経営の継続が困難になるケースが増加することが懸念されます。


今後の展望と課題

2025年問題の現実化

2025年には、いわゆる「団塊の世代」が全員75歳以上の後期高齢者となり、介護サービスの需要が急激に増加すると見込まれています。この「2025年問題」は、すでに訪問介護業界における深刻な人材不足というかたちで表面化し始めています。今後、高齢化がさらに加速するなかで、訪問介護サービスへのニーズは一層高まっていくことが確実視されています。


需要と供給のギャップ拡大

介護サービスの需要が増える一方で、それに見合う人材の確保が追いついていないことが、業界における最大の課題といえます。たとえば世田谷区のように、小規模な訪問介護事業所が多い地域では、従業員の高齢化やスタッフ不足が進行しており、廃業を視野に入れる事業者も少なくありません。

現場では「もう限界」といった切実な声が多く聞かれ、要介護状態になっても住み慣れた地域で暮らし続けるための「最後の砦」である訪問介護サービスが、存続の危機に直面している状況です。必要なサービスが提供できない地域も増えており、こうしたギャップは全国的な課題として捉えるべき段階に来ています。


サービスモデルの変化

近年、訪問介護事業所数の増加には、サービス付き高齢者向け住宅(いわゆるサ高住)などの集合住宅を対象とした効率的な訪問モデルの普及が影響しているとの指摘があります。このような集合住宅型の事業モデルは、従来型の「地域を巡回するスタイル」に比べて、移動距離が短く、効率よく複数の利用者にサービス提供が可能であるため、比較的収益性が高い傾向にあります。

今後も人材不足が続くなかで、このような効率的なモデルの導入がさらに進む可能性があります。一方で、地域に点在する高齢者宅への訪問介護をどのように持続可能なかたちで提供していくかは、大きな社会的課題として残されることになります。


訪問介護事業の経営の基本

売上構造の理解

訪問介護事業所の売上の大部分は、「介護報酬」によって構成されています。これは、介護保険サービスを利用者に提供し、その対価として国および利用者から支払われる仕組みとなっています。

介護報酬は、制度上定められたサービスごとの単位数に地域ごとの単価を掛け合わせて算出されるため、提供するサービス内容や事業所の所在地域によって収入に差が生じます。

今後、少子高齢化の進行により介護ニーズはさらに高まると予測され、多くの事業者が参入するなか、利用者に選ばれる質の高いサービスの提供がより一層求められます。健全な運営と継続的なサービス品質の維持ができなければ、売上の停滞や経営難、最悪の場合には倒産に至るリスクもあります。


開業準備と経営計画

訪問介護事業を新たに開始するには、一般的に半年から1年程度の準備期間が必要とされています。この間に、市場調査、法人の設立、融資の準備、事業所の物件確保・整備、人員の採用、そして介護保険サービスを提供するための事業者指定申請など、多くの手続きを進めていく必要があります。

特に事業者指定の取得には、都道府県または市区町村への申請とそれに伴う審査が必要であり、ある程度の時間を要します。そのため、スケジュールには十分な余裕を持って計画を立てることが重要です。


人材確保・育成の重要性

訪問介護事業における最も重要な経営資源は「人材」であり、サービスの質と継続性を支える鍵となります。現在、ホームヘルパーの人材不足は業界全体で深刻な問題となっており、これを解消できなければ、事業の運営そのものが困難になります。

そのため、新規人材の募集だけでなく、既存スタッフの定着を図るための働きやすい職場環境の整備や、キャリアパスの提示、モチベーション維持のための制度設計が欠かせません。人材の確保・育成に本格的に取り組むことが、事業の持続的成長につながる最も重要な要素といえるでしょう。


経営における注意点

人材確保・定着のための取り組み

深刻な人材不足に対応するためには、単に給与や待遇を改善するだけでなく、働きやすい環境づくりや職場の魅力向上にも注力する必要があります。特に、サービス提供時間の短縮に伴って増加している移動・待機時間や、賃金が発生しない空き時間の問題は、ヘルパーの収入減少につながり、離職の要因となることが指摘されています。

そのため、効率的なシフト管理の導入、移動時間の短縮、複数のサービスを組み合わせた柔軟な勤務設計など、スタッフの働きやすさと安定した収入を両立させるための工夫が求められます。


効率的なサービス提供と質の確保

限られた人材の中でサービスの質を維持しつつ、効率的な運営を行うためには、ICT(情報通信技術)の導入や業務プロセスの見直しが不可欠です。ただし、単に「1回あたりのサービス提供時間を短縮する」といった方針は、かえってサービスの質低下やスタッフへの過度な負担につながるリスクもあります。

たとえば、「時間内に業務を終えることばかりに意識が向き、利用者とじっくり向き合う姿勢が持てなくなる」といった声も現場から上がっています。こうした課題に対しては、効率性と人間的なケアの両立を常に意識したマネジメントが重要です。


報酬改定への対応

介護報酬は定期的に改定されるため、その動向を綿密に把握し、経営戦略に反映させることが重要です。2024年度の報酬改定では、訪問介護の基本報酬が引き下げられ、業界からは「限界だ」「経営を直撃する改定だ」といった厳しい声も聞かれています。

こうした改定による影響を最小限に抑えるためには、サービスの多角化や特色ある事業展開、そして効率的な運営体制の確立などを通じて、外部環境に左右されにくい経営基盤を構築していくことが求められます。


地域のニーズに応じたサービス展開

地域によって高齢化の進行状況や介護ニーズは異なるため、地域特性を的確に把握し、それに応じた柔軟なサービス展開を行うことが、安定的な事業運営にとって不可欠です。

たとえば、都市部では一人暮らしや認知症を抱える高齢者が多く、訪問介護サービスのニーズは高い一方、人材不足のために「受けたくても受けられない」という案件も少なくありません。

地域包括ケアシステムの中で、他の介護・医療サービスとの連携を強化し、地域ごとの実情に即したサービス体制を整えていくことが、今後ますます重要となってくるでしょう。


まとめ

訪問介護業界は現在、事業所数の増加という量的拡大が進む一方で、深刻な人材不足という質的な課題に直面しています。2025年に向けて高齢化がさらに進行することは確実であり、訪問介護サービスに対する需要は今後も増加することが予想されます。しかしながら、人手不足や報酬改定による収益圧迫といった外部環境の変化により、事業運営は一層厳しさを増しています。

こうした中で訪問介護事業を安定的に運営していくためには、人材の確保と育成を最優先に位置づけるとともに、効率的かつ質の高いサービス提供体制の構築、ICTの活用による業務改善、地域ニーズに応じた柔軟なサービス展開など、多角的な取り組みを進める必要があります。

訪問介護は、高齢者が住み慣れた地域で尊厳を保ちながら生活を続けるための「最後の砦」として、極めて重要な役割を果たしています。その役割を担い続けるためには、経営者・現場スタッフ・行政が一体となって課題に向き合い、制度面・運営面の両面から持続可能な仕組みを築いていくことが求められます。

  • 事業所数は増加傾向:2025年4月時点で全国に3万5,000超の事業所が存在し、5年連続で増加。
  • 人材不足が深刻化:有効求人倍率は15倍以上。新規採用が困難で、需要があってもサービス提供が難しい状況。
  • 報酬引き下げで経営悪化:2024年度から基本報酬が引き下げられ、経営の厳しさが一層深まる。
  • 倒産・休廃業が増加中:2024年上半期は訪問介護業者の倒産が過去最多に。
  • 2025年問題が目前に:団塊世代が後期高齢者となり、訪問介護の需要はさらに拡大。
  • 効率的なサービスモデルの拡大:サ高住など集合住宅向けモデルは効率が良く、今後も拡大の見込み。
  • 開業には入念な準備が必要:法人設立や事業所整備、人材確保、指定申請など半年〜1年の準備期間が必要。
  • 売上は介護報酬が中心:地域やサービス内容によって収益に差が出るため、適切な運営が求められる。
  • 人材確保・定着がカギ:待遇改善、働きやすい環境づくり、ICT活用で効率化と質の両立を目指す。
  • 地域ニーズに応じた対応が必要:地域差に応じたサービス提供と、包括ケアとの連携が今後の成長の鍵。

さいごに

今回は、訪問介護業界の現状と将来展望を踏まえ、人材不足や報酬改定などの課題に対応しながら、安定した事業運営を実現するための経営の基本と注意点について解説しました。

クロスト税理士法人では、介護福祉事業の開業に関して、初期相談から、事業計画作成、融資サポート、法人設立、指定申請代行、各役所への届け出の提出とまとめてご相談可能となっております。また、初回無料相談可能となっておりますので、ぜひお気軽にご相談ください。

このコラムを監修した税理士

田代 健太郎

クロスト税理士法人 代表社員

近畿税理士会所属、登録番号126849号
税理士法人3社での勤務を経て、2015年に「田代健太郎税理士事務所」を設立。その後2018年に法人化し「クロスト税理士法人」に。
財務・税務調査の専門家として、決算申告業務、経営支援業務、独立・開業支援業務、医業福祉業の経営支援業務などの業務を提供。
法人に対する支援業務にとどまらず、生命保険・金融資産の検討・見直し、不動産運用に関するコンサルティング、
また相続申告、相続対策など、個人に対しても幅広い各種サービスを提供している。

書籍:「税務調査の良い受け方・正しい対応方法」、「会社経営者であれば知っておきたい節税のイロハ」、「創業計画書つくり方・活かし方」、ゼッタイ得する会社のつくり方はじめ方」、「相続の税金と対策」、「歯科医院経営の成功手法がわかる本」他。

クロスト税理士法人 https://crosst-tax.jp/

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