介護福祉
「良い施設を作れば利用者は来る」は大間違い? 開業半年で黒字化する事業所がやっている、たった2つの初期戦略
「理想の介護をしたくて独立しました」
「内装にもこだわり、スタッフもベテランを揃えました」
開業相談の際、目を輝かせてそう語る経営者様にお会いすると、私たちも全力で応援したくなります。
しかし、同時に厳しい現実もお伝えしなければなりません。
それは、「どれだけ質の高いケアを用意しても、それだけでは利用者は一人も来ない」という事実です。
介護経営の正念場は、開業から1年以内です。
この時期を乗り越え、早期に黒字化する経営者は、開業初期にどのような動きをしているのか。税理士の視点から見た「生存戦略」をお伝えします。
目次
戦略1:「BtoC」ではなく「BtoB」の営業に徹する
開業初期の最大の勘違いは、集客のターゲットを見誤ることです。
飲食店なら、チラシを撒けば近所の住民(エンドユーザー)が来てくれるかもしれません。しかし、介護事業(特に介護保険サービス)では、利用者が自分で事業所を選ぶことは稀です。
利用者の行き先を決めるキーマンは、9割方「ケアマネジャー」です。
つまり、開業初期の経営戦略とは、利用者へのアピール(BtoC)ではなく、ケアマネジャーへの営業(BtoB)に他なりません。
失敗する事業所は、パンフレットを持って「私たちの理念は素晴らしいです」「内装が綺麗です」とアピールします。
一方、成功する事業所は、「ケアマネジャーの困りごと」を聞きに行きます。
「認知症で暴力があり、他で断られた方はいませんか?」
「金曜日の枠がどこも空いてなくて困っていませんか?」
ケアマネジャーが抱える「困難事例」や「隙間ニーズ」を解決する提案ができるか。
開業直後の実績がない時期こそ、他が敬遠する案件を「断らない」ことが、地域での信頼を築く最短ルートです。
戦略2:開業初期に限り、人件費の「先行投資」は最小限にする
もう一つのポイントは、スタッフの採用計画です。
ここで誤解していただきたくないのは、私たちは「人件費を削れ」と言いたいわけではありません。事業が軌道に乗った後は、サービスの質を高め、スタッフの離職を防ぐために、人への投資は惜しむべきではありません。
しかし、「開業初期だけ」は話が別です。
「利用者が増えた時に慌てないように」と、最初から定員一杯まで対応できるスタッフを雇ってしまうのは、財務的に非常に危険です。
利用者がゼロでも、スタッフを雇えば人件費は100%発生します。
入金が2ヶ月遅れとなる介護事業において、売上のない時期に過剰な人員を抱えることは、運転資金の枯渇(ショート)に直結します。
賢い経営者は、最初は「人員配置基準を満たすギリギリの人数(最小限)」でスタートします。
そして、利用者の獲得状況(稼働率)を見ながら、パート職員のシフトを増やしたり、追加採用を行ったりと、売上の増加に合わせて経費(人件費)を階段状に増やしていきます。
まずは会社を存続させ、雇用を守れる状態を作る。
潤沢な人への投資は、損益分岐点を超え、資金繰りが安定してからでも遅くはありません。
正社員か、パートか? 資金繰りを左右する「固定費」と「変動費」のバランス
この「人件費のコントロール」において、さらに踏み込んで検討すべきなのが「正社員」と「登録ヘルパー・パート」の比率です。
経営者としては、安定してシフトに入ってくれる正社員を雇用したいと考えるのが自然です。しかし、財務の視点で見ると、正社員は「売上がゼロでも発生する重い固定費」です。
開業当初の不安定な時期に、社会保険料を含めて月額30万円以上の固定キャッシュアウトが確約される正社員を増やすことは、経営のリスク許容度を超えてしまう可能性があります。
一方で、登録ヘルパーやパート職員は、仕事がある時だけ給与が発生する「変動費」に近い性質を持ちます。
「利用者が増えた分だけ人件費が増える」という構造を作れるため、資金繰りの安全性は格段に高まります。もちろん、マッチングの手間や急な欠勤リスクといった不安定さはありますが、キャッシュを守るという意味では最強の防衛策です。
私たちが推奨するロードマップは、以下のような段階的な移行です。
1. 創業期(〜半年):
管理者は正社員、それ以外は可能な限りパート・登録ヘルパーで回し、固定費を極限まで下げる。
2. 成長期(損益分岐点到達):
売上が安定し、毎月のキャッシュフローが見込めるようになった段階で、主力パートを正社員化、あるいは新規正社員を採用し、組織の地盤を固める。
「今は固定費を増やすフェーズか、変動費で凌ぐフェーズか」。
この見極めを誤り、身の丈に合わない正社員採用を進めてしまうと、黒字化する前に資金が尽きてしまいます。
「足りなくなったら借りればいい」は通用しない。創業融資の鉄則
そして、これら全ての戦略を実行するために不可欠なのが、事前の「資金調達」です。
多くの経営者が陥る最大の罠は、「とりあえず自己資金で始めて、足りなくなったら銀行に借りに行こう」という考え方です。
はっきり申し上げますが、この順序は致命的です。
銀行の審査ロジックは、開業前と開業後で180度変わります。
開業前(創業融資)は、実績がないため「事業計画書(未来の予測)」で貸してくれます。しかし、一度開業してしまえば、銀行はシビアに「試算表(過去の実績)」を見て判断します。
先述した通り、介護事業は「先行する人件費」と「2ヶ月遅れの入金」という構造上、開業直後は必ず赤字になり、現金が減り続けます。
つまり、「資金が足りなくなった時」というのは、銀行から見れば「赤字で、債務超過寸前の、一番お金を貸したくない状態」なのです。
だからこそ、融資は「開業前」に、しかも「必要と思われる金額の倍」を借りておく必要があります。
「半年から1年は赤字が続いても、給与を払い続けられるだけのキャッシュ」を、創業融資で確保しておくこと。これが生存確率を劇的に高めます。
介護事業は、一度損益分岐点を超えてキャッシュフローがプラスに転じれば、そこからは安定したストックビジネスとして強さを発揮します。
その「安定期」にたどり着くまでの半年〜1年のデスバレー(死の谷)を渡り切るための酸素ボンベこそが、十分な手元資金なのです。
「経営者」への脱皮が開業のゴール
現場出身の経営者にとって、現場に出られない時間は「サボっている」ように感じるかもしれません。
しかし、開業初期において社長がやるべき仕事は、現場でおむつ交換をすることではなく、外に出てケアマネジャーに会い、銀行と交渉し、数字を見ることです。
「良いケア」は商品ですが、それを「売る」のは経営の仕事です。
「自分の営業プランで、損益分岐点を超えるのは何ヶ月後か?」
「その間の運転資金は足りているか?」
創業計画書の数字は、絵に描いた餅ではありません。生き残るための羅針盤です。
もし、営業戦略や資金計画に不安があれば、介護特化の税理士である私たちにご相談ください。
「理想の介護」を長く続けるための、強固な経営基盤づくりをサポートいたします。
