介護福祉
「2店舗目の壁」をどう超える?多店舗化・事業所拡大時に陥りがちな「管理者の不在」と組織化のルール
介護・障害福祉事業者にとって、2店舗目・2事業所目の開設は大きな成長のタイミングです。1店舗目の運営が安定し、利用者も増え、職員も育ってくると、「そろそろ次の事業所を出したい」と考える経営者様も多いと思います。
しかし、2店舗目は多くの事業者が最初にぶつかる大きな壁でもあります。
1店舗だけであれば、経営者が現場の細かいことまで見ることができます。職員の様子、利用者様からの苦情、請求ミス、備品不足、残業、職場の雰囲気なども、経営者が直接気づきやすいです。組織としての仕組みが十分でなくても、経営者が不足部分を埋めることで何とか回ることがあります。
ところが、2店舗目を開設すると状況は変わります。経営者は同時に2つの現場にいることができません。現場で判断する人、職員をまとめる人、記録や請求を確認する人、トラブルに対応する人が必要になります。
ここで起きやすいのが、「管理者の不在」です。
これは、管理者がまったくいないという意味だけではありません。名目上の管理者はいるものの、実際には判断できない、数字を見ていない、職員をまとめられない、経営者がいないと現場が回らない状態も含まれます。
目次
1店舗目は経営者に依存しやすい
介護事業の1店舗目は、経営者の頑張りで成長することが多いです。
営業、採用、職員管理、利用者対応、家族対応、請求確認、行政対応、資金繰り、トラブル対応まで、経営者が幅広く担います。
開業初期には、このスピード感と熱量が大きな強みになります。一方で、経営者依存の状態を作りやすいという弱点もあります。
職員が何かあるたびに経営者へ確認する。管理者という役職はあるが、実際には判断権限がない。ルールが明文化されておらず、経営者の頭の中だけにある。問題が起きるたびに経験と勘で解決している。
1店舗だけなら、この状態でも運営できるかもしれません。しかし、2店舗目を出すと限界が来ます。
すべての判断が経営者に戻ってくると、経営者自身がボトルネックになります。1店舗目が不安定になり、2店舗目も育ちません。
多店舗化には、「経営者が全部見る経営」から「組織で回す経営」への切り替えが必要です。
管理者は肩書きだけでは務まらない
よくある失敗が、「長く働いているから」「介護技術が高いから」という理由だけで管理者を任せることです。
もちろん、現場経験や支援スキルは大切です。しかし、管理者に必要なのは、それだけではありません。
管理者には、人員配置、職員指導、苦情対応、記録確認、請求リスクの把握、関係機関との連携、経費管理、本部への報告など、幅広い役割があります。サービスの基準や会社の方針も理解していなければなりません。
管理者が数字を見られなければ、現場は忙しいのに利益が残らない状態になります。職員管理ができなければ、離職が増えます。記録や請求を確認できなければ、返戻や実地指導リスクが高まります。
管理者に「何となく全部見ておいて」と任せるのではなく、役割を明確にすることが必要です。
現場判断と本部判断を分ける
多店舗化する場合、意思決定のルールが非常に重要になります。
採用は誰が決めるのか。残業は誰が承認するのか。利用者様からの苦情には誰が対応するのか。シフト変更は誰が判断するのか。備品購入はいくらまで現場で決めてよいのか。新規利用者の受け入れは誰が判断するのか。行政対応や請求修正は誰が確認するのか。
これらが曖昧だと、トラブルが起きます。
管理者が利益への影響を分からないまま判断してしまうこともあれば、逆に何も判断できず、すべて経営者の確認待ちになってしまうこともあります。
実務上は、判断を3つに分けると整理しやすいです。
1つ目は、現場管理者が判断してよい日常業務です。日々のシフト調整、少額の備品購入、職員への業務指示、通常の家族連絡などです。
2つ目は、本部や経営者の承認が必要な事項です。採用、給与変更、大きな設備投資、新規事業、リスクの高い利用者受け入れ、職員への処分などです。
3つ目は、緊急時の判断です。事故、重大クレーム、職員の急な欠勤、感染症、災害、安全に関わる問題などです。緊急時は現場で何を判断してよいのか、事後に誰へ報告するのかを決めておく必要があります。
権限を明確にすることで、管理者も経営者も動きやすくなります。
2店舗目を出す前に標準ルールを作る
2店舗目は、1店舗目の見た目だけを真似しても成功しません。真似すべきなのは、目に見えにくい運営ルールです。
たとえば、採用基準、研修手順、シフト作成ルール、記録ルール、請求確認手順、苦情対応フロー、事故報告ルール、現金管理、購入承認、月次報告、会議体、人事評価などです。
これらが整っていないまま事業所を増やすと、店舗ごとに運営方法がバラバラになります。
ある事業所では記録を丁寧に管理しているが、別の事業所では記録が遅れている。ある管理者は残業を抑えているが、別の管理者は残業を把握していない。ある事業所は家族対応が丁寧だが、別の事業所ではクレームが増えている。
こうなると、会社全体として品質を管理できません。
標準化とは、すべての現場を同じにすることではありません。利用者様や地域の違いに応じた柔軟性は必要です。ただし、会社として守るべき基本ルールは統一する必要があります。
店舗別の数字で管理する
多店舗化したら、感覚だけの経営では限界があります。事業所ごとの数字を毎月確認することが必要です。
確認したい数字は、売上、営業利益、人件費率、利用者数、稼働率、利用者単価、残業時間、離職率、採用費、返戻件数、加算漏れ、キャンセル率、送迎コスト、資金繰りなどです。
会社全体の利益だけを見ていると、問題を見落とすことがあります。
1店舗目は利益が出ているが、2店舗目が赤字になっている。2店舗目は売上が伸びているように見えるが、人件費や残業が増えすぎて利益が残っていない。このような状態は、店舗別に見なければ分かりません。
各事業所ごとに、月次の経営レポートを作成しましょう。複雑な資料である必要はありません。
大切なのは、売上が健全に伸びているか、人件費や経費が管理できているか、将来の利益に影響するリスクが出ていないかを確認することです。
管理者教育は開設前から始める
管理者教育は、2店舗目を開設してから始めるのでは遅いです。
管理者候補には、現場業務だけでなく、数字、労務、請求、法令遵守、苦情対応、採用、職員育成を学んでもらう必要があります。経営者の横で月次会議に参加し、判断の考え方を学ぶことも有効です。
管理者教育では、次のような内容を扱います。
月次試算表の見方、人件費率の確認、シフトと残業の管理、記録と請求のチェック、苦情対応の流れ、職員面談の方法、会議資料の作成、会社方針の理解、ケーススタディによる判断訓練などです。
トラブルが起きてから管理者を育てようとしても、現場は混乱します。
2店舗目を出す前に、「この人なら任せられる」という人材を育て、さらに本部が支援できる体制を作っておくことが大切です。
本部は支配ではなく支援をする
多店舗化すると、本部機能が必要になります。
会計、給与計算、採用戦略、請求チェック、法令遵守、研修資料、購入ルール、経営レポート、システム管理などを本部で支援することで、現場管理者は利用者対応や職員育成に集中しやすくなります。
ただし、本部がすべてを支配してはいけません。細かな判断まで本部承認にすると、管理者は育ちませんし、現場のスピードも落ちます。
理想は、現場管理者が決めてよい範囲を明確にし、本部は数字、仕組み、資料、相談対応で支える形です。
現場に任せる部分と、本部が管理する部分を分けることで、多店舗化しても品質とスピードを両立しやすくなります。
危険サインを早めに見つける
2店舗目の壁は、いきなり大きな問題として現れるとは限りません。小さなサインとして出てきます。
管理者から経営者への電話が多すぎる。職員が管理者を飛ばして経営者へ直接相談する。残業が増える。記録が遅れる。クレームが増える。新入職員がすぐ辞める。備品購入がルールなく行われる。請求修正が増える。月次報告が遅れる。
これらは、組織としての仕組みがまだ整っていないサインです。
このような問題が出たとき、「管理者がもっと頑張ればよい」で終わらせてはいけません。権限、ルール、教育、人員配置、情報共有、報告体制を見直す必要があります。
まとめ
2店舗目・2事業所目の開設は、単なる売上拡大ではありません。介護事業者が、経営者個人の力で回す段階から、組織で運営する段階へ移るタイミングです。
最も注意すべきなのは、管理者の不在です。管理者という肩書きがあっても、権限がなく、教育もなく、数字も見られず、ルールも整っていなければ、現場は安定しません。
2店舗目の壁を超えるには、管理者の役割を明確にし、現場判断と本部判断を分け、運営ルールを標準化し、店舗別の数字を毎月確認し、開設前から管理者を育成し、本部が現場を支える仕組みを作ることが重要です。
当税理士法人では、介護・障害福祉事業者向けに、多店舗化に伴う店舗別損益管理、人件費分析、資金繰り計画、管理者向けダッシュボード、事業拡大シミュレーション、組織化に向けた月次管理体制づくりを支援しています。2店舗目を出す前に、利用者や資金だけでなく、組織として運営できる仕組みが整っているか確認しておきましょう。
