介護福祉

看護師を採用すれば売上は増える、は本当か?採用前に見るべき損益分岐点

訪問看護ステーション、デイサービス、介護施設、障害福祉事業所にとって、看護師の採用は事業拡大の大きなきっかけになります。

看護師が増えれば、訪問件数を増やせる。医療的ケアが必要な利用者様を受け入れやすくなる。サービスの質が上がる。既存職員の負担を減らせる。こうした期待を持つ経営者様も多いと思います。

しかし、「看護師を採用すれば売上が増える」という考え方は、半分正しく、半分危険です。

看護師を採用すると、売上を増やすための「受け入れ能力」は増えます。しかし、それだけで自動的に利益が増えるわけではありません。紹介ルート、稼働計画、請求体制、移動時間、記録時間、人件費を見込まずに採用すると、売上よりも人件費の増加が先行し、利益を圧迫することがあります。

採用前に見るべきなのは、「人が増えたら売上が増えるか」ではありません。

「この看護師を採用した場合、毎月いくらの売上・粗利益を増やせば損益分岐点を超えるのか」です。

採用で増えるのは売上ではなく受け入れ能力

看護師を採用すると、確かに受け入れ可能なサービス量は増えます。

訪問看護であれば、新規利用者の受け入れ、医療依存度の高い利用者様への対応、退院直後の利用者様への支援、訪問エリアの拡大、オンコール体制の強化などが期待できます。

デイサービスや施設であれば、健康管理、服薬確認、機能訓練、医療機関との連携、看取りや重度化対応への備えなどにつながります。

ただし、これらはあくまで「可能性」です。

新しく採用した看護師の時間が空いている、請求につながらない業務が多い、低単価のサービスばかりを担当している、移動や記録に時間を取られている。このような状態では、売上は思ったほど増えません。

採用は人事の問題であると同時に、投資判断です。

採用にかかる総コストを把握する

まず確認すべきなのは、看護師1名を採用した場合の総コストです。

人件費は、給与だけではありません。

会社負担分の社会保険料、賞与、通勤手当、残業代、採用紹介料、求人広告費、研修費、制服、スマートフォンやタブレット、介護ソフトのアカウント、保険料、管理者の教育時間なども含めて考える必要があります。

紹介会社を利用する場合、採用時に大きな紹介料が発生することもあります。入職後すぐにフル稼働できるとは限らず、最初の数か月は教育期間になることもあります。既存職員が同行や指導を行う場合、その時間も間接的なコストになります。

たとえば、月給25万円で採用したとしても、会社の実質負担は25万円だけではありません。社会保険料、賞与、手当、採用費まで含めると、月額換算の負担はさらに大きくなります。

採用前には、毎月発生するコストと、採用時に一時的に発生するコストを分けて確認しましょう。

1訪問・1利用当たりの収益を確認する

次に、新しく採用する看護師が、どれくらいの売上を生み出せるのかを確認します。

訪問看護であれば、1訪問当たり売上が重要です。デイサービスや施設であれば、利用者1人1日当たり売上や、加算を含めた利用者単価を見る必要があります。

ただし、売上だけでは不十分です。

1件の訪問や1人の利用に対して、移動時間、記録、物品、事務処理、医師やケアマネジャーとの連絡調整などのコストも発生します。

そのため、見るべきなのは「限界利益」です。簡単にいえば、1件増えたときに、追加でどれくらい利益に貢献するかという数字です。

1訪問当たりの限界利益が小さければ、採用コストを回収するためには多くの訪問件数が必要になります。反対に、限界利益が大きければ、少ない件数でも損益分岐点に近づきやすくなります。

損益分岐点を計算する

採用前に必ず確認したいのが、損益分岐点です。

考え方はシンプルです。

「看護師1名の月間総コストを回収するには、追加で何件の訪問・何人分の利用が必要か」を計算します。

たとえば、看護師1名の月間総コストが50万円で、1訪問当たりの限界利益が5,000円だとします。この場合、月100件の追加訪問があって、ようやく採用コストを回収できます。

もし、移動時間、記録時間、会議、キャンセルなどを考慮すると、現実的に月70件しか追加訪問できないのであれば、その採用は短期的には赤字になる可能性があります。

もちろん、だから採用してはいけないという意味ではありません。足りない30件分をどう埋めるのかを考える必要があります。

紹介ルートを増やす。訪問スケジュールを見直す。移動時間を短縮する。記録業務を効率化する。加算を正しく算定する。対応できる利用者層を広げる。このような対策とセットで採用を考えることが重要です。

請求につながらない時間を見込む

介護・看護の現場では、勤務時間のすべてが売上につながるわけではありません。

看護師は、訪問や直接支援以外にも、移動、記録、社内会議、カンファレンス、電話対応、家族連絡、医師やケアマネジャーとの連携、緊急対応、研修、準備などを行います。

これらは必要な業務ですが、直接売上を生む時間ではありません。

もし「勤務時間のほとんどを訪問に使える」と仮定して売上計画を作ると、非常に楽観的な計画になります。

採用前には、現実的に1日何件訪問できるのか、月に何日稼働できるのか、有給休暇や研修、会議、同行期間を差し引くと、どれくらい請求につながる時間が残るのかを確認しましょう。

この見積もりが甘いと、採用後に「思ったほど売上が増えない」という状態になります。

需要が本当にあるか確認する

採用で最も危険なのは、需要が不明確なまま人を増やすことです。

訪問看護であれば、病院、クリニック、ケアマネジャー、退院支援部門、地域包括支援センター、既存利用者様のご家族など、紹介ルートが実際にあるかを確認します。

デイサービスや施設であれば、ケアマネジャー、医療機関、地域の相談窓口、ご家族、既存利用者様からの紹介などを確認します。

「人を増やせば利用者も増えるだろう」という期待だけで採用するのは危険です。

採用前には、次の点を確認しましょう。

人員不足で断った問い合わせは何件あるか。待機している利用者様はいるか。看護師が増えたら紹介してくれそうな関係先はあるか。どのエリアなら効率よく対応できるか。どのような医療ニーズの利用者様を受け入れられるか。採用後、どれくらいの期間で新規利用者が増える見込みか。

需要が読めない場合は、常勤採用ではなく、非常勤採用や勤務日数を限定した採用から始める選択肢もあります。

採用による間接的な効果も数字にする

看護師の採用は、新規売上だけでなく、間接的に利益を改善することもあります。

たとえば、既存職員の残業が減る。オンコール負担が分散される。離職を防げる。医療的ケアが必要な利用者様を受け入れられる。加算取得の体制が整う。サービス品質が上がり、キャンセルや解約が減る。医療機関やケアマネジャーからの信頼が高まる。

これらは重要な効果です。

ただし、「良くなりそう」で終わらせず、できるだけ数字に置き換えましょう。

新しい看護師の採用で残業代が月15万円減るのであれば、それは採用効果として見込めます。加算収入が増えるなら、要件を満たせるか確認したうえで、月額いくら増えるのかを試算します。離職防止につながるなら、採用費や教育費の削減効果も考えられます。

採用の効果を数字にすることで、感覚ではなく経営判断として検討できます。

利益だけでなく資金繰りを見る

長期的には採算が合う採用でも、短期的には資金繰りが苦しくなることがあります。

採用紹介料、給与、社会保険料、研修費、備品、ICT機器などは、売上が増える前に支払いが発生します。訪問看護や介護サービスでは、サービス提供から入金までにタイムラグもあります。

そのため、採用前には資金繰り表を作成することが重要です。

少なくとも、採用後6か月程度の給与支払い、採用費、売上増加の見込み、入金時期、納税、借入返済、手元預金を確認しましょう。

試算上は利益が出る採用でも、立ち上がり期間が長い場合、先に現金が減ることがあります。

採用判断では、損益計算と資金繰りの両方を見る必要があります。

3つのシナリオで判断する

採用前には、標準ケース、慎重ケース、好調ケースの3パターンでシミュレーションすることをおすすめします。

標準ケースでは、現実的な紹介数と稼働率を見込みます。慎重ケースでは、利用者獲得が遅れる、キャンセルが多い、教育期間が長引くといった状況を想定します。好調ケースでは、紹介が順調に増え、早期に稼働が高まる場合を想定します。

慎重ケースでも資金繰りが持つのであれば、採用の安全性は高まります。反対に、好調ケースでしか黒字にならないのであれば、採用時期や雇用形態、給与水準、営業計画を見直す必要があります。

採用は希望だけで決めるのではなく、数字でリスクを確認することが大切です。

まとめ

看護師を採用すれば売上が増える可能性はあります。しかし、それは需要、紹介ルート、稼働計画、請求体制、業務効率、資金繰りが整っている場合です。

採用前には、給与だけでなく社会保険料、賞与、採用費、研修費などを含めた総コストを確認しましょう。そして、1訪問当たり売上、限界利益、必要な追加件数、非請求時間、紹介ルート、間接的な効果、資金繰りを見える化することが重要です。

採用判断で見るべきなのは、「採用できるか」だけではありません。

「採用後に何件の訪問・利用を増やせば、損益分岐点を超えられるのか」
「その件数を現実的に達成できる営業・運営体制があるのか」
「売上が増える前の資金繰りに耐えられるのか」

この3点を確認する必要があります。

当税理士法人では、訪問看護ステーションや介護・障害福祉事業者向けに、採用前の損益分岐点分析、人件費シミュレーション、採用投資判断、資金繰り計画、月次業績ダッシュボード作成を支援しています。看護師採用を感覚で決めるのではなく、数字で見える化し、成長につながる採用計画を作っていきましょう。

このコラムを監修した税理士

田代 健太郎

クロスト税理士法人 代表社員

近畿税理士会所属、登録番号126849号
税理士法人3社での勤務を経て、2015年に「田代健太郎税理士事務所」を設立。その後2018年に法人化し「クロスト税理士法人」に。
財務・税務調査の専門家として、決算申告業務、経営支援業務、独立・開業支援業務、医業福祉業の経営支援業務などの業務を提供。
法人に対する支援業務にとどまらず、生命保険・金融資産の検討・見直し、不動産運用に関するコンサルティング、
また相続申告、相続対策など、個人に対しても幅広い各種サービスを提供している。

書籍:「税務調査の良い受け方・正しい対応方法」、「会社経営者であれば知っておきたい節税のイロハ」、「創業計画書つくり方・活かし方」、ゼッタイ得する会社のつくり方はじめ方」、「相続の税金と対策」、「歯科医院経営の成功手法がわかる本」他。

クロスト税理士法人 https://crosst-tax.jp/

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