介護福祉
利用者数は増えているのに資金繰りが苦しい。訪問看護に多いキャッシュフローの罠
訪問看護ステーションにとって、利用者数が増えることは本来とても良いことです。地域での認知度が上がり、ケアマネジャーや医療機関からの紹介が増え、事業として成長しているサインともいえます。
しかし、実際には次のような悩みを抱える事業所も少なくありません。
利用者数は増えている。売上も伸びている。職員も忙しく働いている。それなのに、なぜか手元資金が増えない。むしろ、給与や社会保険料、車両費、採用費、税金の支払いで資金繰りが苦しい。
これは、訪問看護で起きやすいキャッシュフローの罠です。
原因は、売上と入金のタイミングが一致しないこと、そして人件費や固定費が先に出ていくことにあります。損益計算書では黒字に見えていても、預金残高が増えていなければ、経営者様の不安は解消されません。
訪問看護では、成長しているときほど資金繰りが苦しくなることがあります。
目次
売上が増えても、すぐに現金になるわけではない
最初の罠は、サービス提供から入金までのタイムラグです。
訪問看護では、サービスを提供し、月末で締め、請求処理を行い、審査を経て、後日入金されます。その間にも、給与、社会保険料、家賃、ガソリン代、通信費、システム利用料、リース料などは毎月支払わなければなりません。
つまり、利用者数が増えた月には、現場の業務量や人件費、移動費、記録業務はすぐに増えます。しかし、その売上が入金されるのは後になります。
たとえば、4月に新規利用者が増えた場合、4月の職員稼働、移動、記録、管理業務はすぐ発生します。しかし、対応する売上の入金はすぐではありません。
このタイムラグを見込まずに利用者を増やすと、「売上は伸びているのにお金がない」という状態になります。
人件費は売上入金より先に発生する
2つ目の罠は、人件費です。
訪問看護は、人の時間によって売上を作る事業です。利用者数を増やすには、看護師、リハビリ職、事務職員の採用や勤務時間の増加が必要になることがあります。オンコール体制を強化する場合も、人件費や手当が増えます。
これらの支払いは、売上の入金より先に発生します。
新しい看護師を採用すれば、給与や社会保険料はすぐに発生します。しかし、その看護師が十分な訪問件数を担当できるようになるまでには時間がかかります。紹介が想定より遅れることもあります。同行や教育に既存職員の時間が取られることもあります。
その結果、成長のための採用が、短期的には資金繰りを圧迫します。
採用前には、その職員の月額コストを回収するために、追加で何件の訪問が必要なのか、何か月でその訪問件数に到達できるのかを確認する必要があります。
売掛金・未収入金が膨らみやすい
3つ目の罠は、売掛金や未収入金の増加です。
売上が増えると、会計上は売掛金や未収入金も増えます。試算表上は売上が伸び、利益も出ているように見えるかもしれません。
しかし、未収のままでは現金は増えていません。
訪問看護では、公的請求分、利用者負担分、自費サービス、文書料、交通費など、複数の入金経路があります。公的請求分の入金を待つだけでなく、利用者負担分の回収漏れや遅れにも注意が必要です。
未収金が多い状態を放置すると、帳簿上は売上があるのに、手元資金は不足します。
毎月、売掛金・未収入金の一覧を作成し、請求済み金額、入金済み金額、未収残高、未収理由、入金予定日を確認しましょう。
請求ミス・返戻は資金繰りに直撃する
4つ目の罠は、請求ミスや返戻です。
訪問看護では、請求内容に誤りがあると、返戻や修正対応が発生します。サービス自体は提供していても、請求が通らなければ入金が遅れます。
1か月の入金遅れでも、給与や社会保険料の支払いには大きな影響があります。特に資金余力が少ない事業所では、返戻が資金繰り悪化の原因になります。
請求ミスの原因としては、指示書の確認漏れ、保険情報の誤り、訪問記録の不備、算定コードの誤り、加算要件の確認不足、利用者状態の変更反映漏れなどがあります。
請求精度は、単なる事務処理ではありません。資金繰りを守る重要な業務です。
毎月、返戻件数、返戻金額、未請求サービス、加算漏れ、請求完了までにかかった日数を確認しましょう。請求業務が特定の担当者に依存している場合は、マニュアル化やダブルチェックも必要です。
利用者増加で隠れコストも増える
5つ目の罠は、隠れコストです。
利用者が増えると、増えるのは訪問件数だけではありません。移動時間、ガソリン代、記録時間、電話対応、医師やケアマネジャーとの連絡、家族対応、カンファレンス、緊急対応、スケジュール変更も増えます。
これらのコストを見ていないと、売上は伸びているのに利益率が下がることがあります。
たとえば、遠方の利用者様を受け入れると、売上は増えます。しかし、移動時間が長くなり、1日あたりの訪問件数が減る場合があります。医療依存度の高い利用者様を受け入れると、単価は上がる一方で、連絡調整やオンコール負担も増えることがあります。
利用者数だけで成長を判断するのではなく、1訪問当たり利益、移動効率、職員稼働率、記録時間、オンコール負担まで確認する必要があります。
利益と資金繰りは別物
6つ目の罠は、利益と資金繰りを同じものと考えることです。
試算表上は黒字でも、預金残高が少ないことはあります。これは、売掛金、借入返済、納税、設備投資、減価償却、賞与、社会保険料などが、利益とは違う動きをするためです。
たとえば、借入返済は預金を減らしますが、元本返済は損益計算書の費用にはなりません。設備を購入すれば現金は出ていきますが、会計上は減価償却で数年に分けて費用化されることがあります。税金は、利益が出た後のタイミングで支払います。
そのため、経営者様は、損益計算書だけでなく、資金繰り表を確認する必要があります。
「黒字なのにお金がない」という状態は、決して珍しくありません。
6か月先までの資金繰り表を作る
訪問看護では、少なくとも6か月先までの資金繰り表を作ることをおすすめします。
資金繰り表には、公的請求分の入金予定、利用者負担分の入金、給与、社会保険料、家賃、車両費、ガソリン代、通信費、システム利用料、採用費、借入返済、納税、保険料、賞与、設備投資予定を入れます。
重要なのは、金額だけでなく、入金と支払いの時期です。
年間で見れば利益が出る予定でも、ある月に賞与、納税、採用費、給与支払いが重なると、資金が一時的に不足することがあります。
6か月先まで見ておけば、資金不足が起こる前に、融資、支払時期の調整、採用時期の見直し、設備投資の延期、請求体制の改善などを検討できます。
成長スピードを管理する
利用者数が増えることは良いことです。しかし、増えるスピードが早すぎると、事業所の管理体制が追いつかなくなります。
請求体制、職員教育、オンコール体制、記録体制、資金余力が整う前に利用者を増やしすぎると、現場が疲弊し、請求ミスが増え、サービス品質が落ち、資金繰りも悪化します。
経営者様は、「受け入れられる利用者数」だけでなく、「安全に増やせる利用者数」を考える必要があります。
次の点を確認しましょう。
残業を大きく増やさずに受け入れられる新規利用者数は何人か。採用前に必要な手元資金はいくらか。売上入金が遅れた場合、何か月分の給与を支払えるか。請求は毎月正確に完了しているか。利用者負担分の回収は遅れていないか。訪問エリアは効率的か。自社の人員体制や収益構造に合った利用者層を受け入れているか。
成長は追いかけるものではなく、管理するものです。
月次でキャッシュフロー指標を確認する
訪問看護ステーションでは、毎月キャッシュフローの指標を確認しましょう。
確認したい項目は、預金残高、月間請求額、入金予定額、売掛金・未収入金残高、返戻金額、利用者負担分の回収率、給与総額、社会保険料、人件費率、残業代、移動交通費、借入返済額、納税予定、手元資金月数です。
特に、手元資金月数は重要です。
これは、現在の預金残高で、固定費を何か月分支払えるかを見る指標です。手元資金が1〜2か月分しかない場合、返戻、入金遅れ、急な退職、採用費、車両修理などで一気に資金繰りが苦しくなります。
売上が伸びているときほど、預金残高と未収金の動きを確認しましょう。
まとめ
訪問看護では、利用者数が増えているからといって、資金繰りが楽になるとは限りません。
サービス提供から入金までのタイムラグ、人件費の先行、売掛金・未収入金の増加、請求ミスや返戻、移動時間や記録時間などの隠れコスト、借入返済や納税のタイミングによって、売上が伸びているのに預金が増えない状態が起こります。
大切なのは、売上と利益だけでなく、お金の流れを別で管理することです。
利用者数を増やす前、看護師を採用する前、訪問エリアを広げる前、オンコール体制を強化する前には、資金繰りへの影響を確認しましょう。6か月先までの資金繰り表を作成し、未収金、請求精度、人件費、返戻、手元資金月数を毎月チェックすることが重要です。
当税理士法人では、訪問看護ステーションや介護・障害福祉事業者向けに、資金繰り表の作成、未収金管理、人件費シミュレーション、請求関連の財務チェック、月次業績ダッシュボード、成長計画の資金面での検証を支援しています。利用者数は増えているのに資金繰りが苦しい場合は、まず「売上がいつ現金になるのか」を見える化することから始めましょう。
