介護福祉
【訪問看護】訪問看護事業の現状と展望:経営の基本と注意点
訪問看護事業は、日本の医療・介護サービス分野において、近年著しい成長を遂げている分野の一つです。2022年時点での介護保険による訪問看護の利用者数は、61万4,979人に達しており、2008年と比較すると約2.9倍にまで増加しています。また、医療保険における訪問看護利用者数も同様の傾向を示しており、2021年には12万6,633人が利用しており、2011年の3倍近くにまで増えています。
このような成長は、高齢化の進行や在宅医療推進政策を背景としており、今後も継続するものと見込まれています。そのため、訪問看護事業は中長期的に見ても成長性の高い産業として注目されております。本記事では、訪問看護事業の現況と将来展望を分析しつつ、事業経営における基本的な要点と注意点について、詳細に解説いたします。
目次
訪問看護事業の現況
利用者数の推移と市場規模
訪問看護サービスの利用者は年々増加傾向にあり、特に近年、その増加幅は顕著です。2022年における介護保険適用下での利用者数は61万4,979人に達し、2008年の21万5,189人と比較して、14年間で約2.9倍に拡大しています。
また、医療保険における訪問看護の利用者数も、2021年には12万6,633人となり、2011年の4万9,425人から10年でおよそ3倍に増加しております。
市場規模も着実に拡大しており、現在では約3,600億円に達すると見られています。この成長は、高齢者だけでなく、医療的ケア児や精神疾患患者、がんの終末期患者など、利用者層の広がりによっても支えられており、訪問看護は医療・介護サービスの中核的存在として社会に根付いてきております。
事業所の現状と地域分布
現在、全国にはおよそ1万カ所の訪問看護事業所が存在しており、概ね人口1.2万人に対して1カ所の割合で配置されています。事業所数の推移を見ると、平成5(1993)年の制度創設当初から「創造期」、平成12年以降の「停滞期」、そして平成23年度以降は「成長期」に入り、人口減少が進む中にあっても事業所数は増加を続けています。
地域別にみると、訪問看護の利用者数は都市部に集中する傾向が顕著です。2022年のデータによれば、最も利用者数が多いのは東京都で8万5,879人、次いで大阪府が7万646人、神奈川県が5万4,426人となっています。一方で、最も少ないのは佐賀県の1,543人で、高知県(2,289人)、鳥取県(2,412人)がこれに続きます。こうした地域格差は、単に人口の違いだけでなく、訪問看護に対する認知度やアクセス環境の差も影響していると考えられます。
事業主体の多様化
訪問看護事業を運営する主体は、近年ますます多様化しています。医療法人をはじめとした医療機関だけでなく、大手企業や個人の看護師が立ち上げた法人、さらには株式会社の参入も見られます。
特に注目すべきは、訪問看護が株式会社でも運営可能であり、医療保険を利用できる数少ない分野であるという点です。この特徴により、参入のハードルが比較的低くなっており、実際に訪問看護事業で上場を果たした企業も登場しています。こうした動きは、サービス提供主体の多様化と市場の活性化を促進する要因となっており、業界全体の競争力とサービスの質向上にも寄与しています。
訪問看護事業の今後の展望
高齢化社会における成長予測
訪問看護事業は、将来的にも非常に高い成長性が期待されている分野です。日本における高齢者人口は、2042年から2060年にかけてピークを迎えると見込まれており、訪問看護市場も今後20年から30年にわたり段階的に拡大・成熟していくことが予測されます。
このような社会的背景を踏まえ、日本看護協会はかつて「訪問看護師の数を2015年までに2倍に増やす」という目標を掲げておりました。現在も、病院完結型の医療から、在宅を中心とした地域包括ケアへの移行が政策的に進められており、訪問看護はその要となる重要なサービスとして、ますます期待が高まっています。
利用者層の多様化と新たなニーズ
これまで高齢者中心だった訪問看護の利用者層は、近年大きく多様化しています。具体的には、医療的ケアが必要な子ども(医療的ケア児)や、精神疾患を持つ方、がんの終末期にある患者など、年齢・疾患ともに多様な背景を持つ利用者が増加傾向にあります。
このような変化に伴い、訪問看護事業者には、より専門的かつ柔軟に対応できるサービス体制の構築が求められます。また、病院での医療費抑制の観点や、自宅で最期を迎えたいという国民の希望を背景に、在宅での看取り(ターミナルケア)の需要も高まっており、訪問看護の重要性は今後ますます増していくと見込まれます。
技術革新と連携強化
今後の訪問看護事業においては、ICTやデジタル技術の導入による業務効率化やサービス品質の向上が大きな鍵となります。たとえば、電子カルテやモバイル端末を活用した情報共有、遠隔モニタリングなどの導入が、限られた人材資源の中でも質の高い支援を可能にします。
さらに、医療機関や介護事業者との連携体制の強化も重要なテーマです。多職種協働による切れ目のない支援体制が、利用者の安心と満足度を高めるとともに、地域全体での在宅療養の支えとなります。こうした技術革新や連携強化に積極的に取り組む事業者が、今後の市場において大きな競争力を持つことになるでしょう。
訪問看護事業の経営の基本
ビジネスモデルと収益構造
訪問看護のビジネスモデルは比較的シンプルな構造を持っています。全国の訪問看護利用者はおよそ60万人に上り、1人あたり月に約5回、1回につき1時間程度の訪問を受けるのが一般的です。サービス単価は1回あたり約1万円であり、利用者の自己負担額は1,000円から3,000円程度となっています。
事業所単位で見ると、常勤換算で約6名の看護職員が在籍しており、1人あたり年間約600万円程度の売上をあげている事業所が平均的です。中には、1人あたりの年間売上が1,000万円を超える高収益の事業所も存在し、運営の工夫次第で収益性を大きく高めることが可能です。
ただし、地域によって事業効率に大きな差がある点には注意が必要です。たとえば、地方では看護師が車で片道1時間かけて1日に3件訪問するケースがある一方で、都市部では自転車で片道10分の距離を1日に6件訪問できることもあり、地理的条件が業務効率と収益性に直結する実情があります。
財源構造と適切なサービス提供
訪問看護事業の財源は、主に介護保険と医療保険の2本柱で構成されています。介護保険は65歳以上の高齢者および40歳以上の特定疾病患者が対象であり、医療保険は年齢にかかわらず広く利用可能です。訪問看護は、両制度の対象となる数少ないサービスの一つであるため、柔軟な対応が可能という特長を持っています。
こうした公的保険制度を財源としている以上、過剰なサービス提供や不必要な訪問は避けなければなりません。利用者一人ひとりに対して適切な内容と回数のサービスを提供し、可能な限り自立を促す支援を行うことが重要です。
また、現行の診療報酬・介護報酬においては、明確な成果報酬制度は設けられていませんが、質の高いサービスを提供することで、利用者や連携機関からの信頼を得ることができます。この信頼こそが、長期的な事業継続と安定した経営の基盤となると言えるでしょう。
人材確保と育成の重要性
訪問看護事業の経営において、質の高い看護師の確保と育成は、最も重要な課題の一つです。訪問看護では、病院勤務と異なり、看護師が一人で判断・対応を求められる場面が多く、より高い専門性と経験が必要とされます。
そのため、事業拡大や安定運営を目指す上では、中長期的な視点での人材採用戦略と、段階的な育成計画の策定が不可欠です。新人へのフォロー体制の整備、実地研修やOJTの充実、資格取得支援の導入などを通じて、看護師一人ひとりの専門性と自立性を高めていくことが、サービスの質と組織の安定に直結します。
訪問看護事業経営の注意点
地域特性に応じた事業展開
訪問看護事業は、地域によるニーズや効率に大きな差がある点を踏まえて、戦略的に事業展開を行うことが重要です。たとえば、東京都では訪問看護の利用者数が8万5,879人と非常に多い一方で、佐賀県は1,543人と大きな開きがあります。
こうした地域差は、単なる人口の違いだけでなく、サービスへのアクセス性や地域の認知度、地理的条件によって生じています。したがって、事業開始前には地域ニーズを的確に調査し、それに即した運営体制や訪問スケジュールを設計することが、収益性と継続性の確保に不可欠です。
質の確保とブランド構築
訪問看護事業の成否は、サービスの質によって大きく左右されます。高品質なサービスは、利用者本人のみならずご家族や医療機関、ケアマネジャーなどからの信頼獲得につながります。その結果、口コミや紹介による新規利用者の増加、安定した稼働率の確保へとつながります。
さらに、サービスの質は職員の誇りにもなり、人材の定着率向上や組織文化の醸成にも寄与します。質を重視する姿勢を明確に打ち出すことは、事業所としてのブランド構築においても非常に重要な要素です。
長期的視点での事業戦略
訪問看護市場は、今後20年から30年にわたって拡大し続けると予想されており、単年度ベースの収益だけに着目する短期志向では不十分です。むしろ、中長期的な視野をもって、将来のニーズに応えられる体制整備や人材育成への投資を進めることが、持続的成長の鍵となります。
地域医療の一翼を担う存在として、変化する社会情勢や制度改定に柔軟に対応できる組織力と、安定した経営基盤の構築が求められます。
まとめ
訪問看護事業は、我が国の医療・介護体制において今後さらに重要性が増すとされる成長分野です。過去10年から14年の間に利用者数は約3倍に増加しており、2042年から2060年にかけて高齢者人口がピークを迎えると予測されていることからも、訪問看護市場が引き続き拡大していくことは確実視されています。
経営面においては、訪問看護は株式会社による運営も可能であり、医療保険と介護保険の両制度を活用できる柔軟性の高さが特徴です。一方で、公的財源を原資とするサービスである以上、提供するケアの質や適正性が常に求められ、法令遵守と倫理的な経営姿勢が重要となります。
また、地域特性によって収益構造や運営効率が大きく異なるため、立地やニーズを見極めたうえでの戦略的な事業設計が必要です。さらに、変化する政策や利用者ニーズへの対応力、質の高い人材の確保・育成、医療機関との連携体制の強化など、多面的な経営努力が問われます。
長期的な視点を持ち、組織基盤の強化とサービスの質向上に継続的に取り組むことで、訪問看護事業は社会的意義を果たしながら、持続可能な経営を実現していくことができるでしょう。
さいごに
今回は訪問看護事業の現状と将来展望を踏まえ、経営の基本的なポイントと運営上の注意点について詳しく解説しました。
クロスト税理士法人では、介護福祉事業の開業に関して、初期相談から、事業計画作成、融資サポート、法人設立、指定申請代行、各役所への届け出の提出とまとめてご相談可能となっております。また、初回無料相談可能となっておりますので、ぜひお気軽にご相談ください。